沖縄戦について、アメリカ側で保管されていた、
音声データを元にして作成された、
NHKのドキュメンタリー番組がありました。
従軍レポーターが、
実況放送をしたり、兵士にインタビューしたものが、
本国のラジオで放送されていたのです。
この中で、ある兵士がインタビューされていました。
彼は小グループのリーダーでした。
姿の見えない日本兵からの狙撃に悩まされていた時に、
彼は、自らがおとりになり、日本軍に発砲させたそうです。
発砲した時の火花を見て、位置を特定し、
部下がそこに向かって爆弾を投じるという作戦です。
この作戦は、成果を上げたようです。
この時の爆弾の音が忘れられないと、彼は語っていました。
この時の米兵を取材しようと、NHKの担当が渡米します。
本人は、すでに他界しており、その息子さんが取材に応じてくれました。
息子さんの話では、
お父さんは、沖縄戦について話すと、
5時間くらい泣き続けていたそうです。
自らがおとりになるような勇敢な人でも、
それほど、戦場での経験はつらかったのです。
別の番組では、サイパンを取り上げていました。
サイパンには、日本人の民間人も居留していました。
サイパン島への上陸にあたって、
米軍内では、非戦闘員は保護するように、
という指示が出ていました。
ただ、日本兵が民間人の着物を着ていることもあり、
見分けるのはむずかしかったようです。
ある兵士は、茂みの中で動く人影を見つけ発砲しました。
そして、そこに駆けつけてみると、
そこに横たわっていたのは、少女の死体でした。
この兵士は、それをずっと悔やみ、悩んでいました。
帰国を前にして、彼は自らの命を絶ったそうです。
サイパンの戦闘を経験した元米兵が存命で、
NHKは、彼に取材します。
サイパン島での戦場体験を聞こうとしましたが、
彼の答えは、
「話したくない」ということでした。
この人にとっても、戦場での体験は、あまりにも、
過酷、悲惨なものだったのでしょう。
「話したくない」ということは、
「思い出したくない」ということです。
心の内にしまったまま、墓場まで持っていくのでしょう。