サイパン島上陸に当たり、米軍では当初、
非戦闘員は保護するようにという指示が出ていたそうですが、
戦いを進めるうちに、見方が変わっていきます。
民間人でも、米軍に攻撃してくる者がいたり、
軍人が民間人を装っていたりするので、
軍人と非戦闘員という見分けは、むずかしくなっています。
サイパン島の北部に、
「バンザイクリフ」(Banzai Cliff)と呼ばれる断崖があります。
米軍側からの投降勧告に応じず、
多数の日本兵、民間人が、
「天皇陛下万歳」などと叫び、
両手を上げながら、
身を投じたために、
戦後、この名前が付けられました。
軍人に対しては、
東条英機の名前で告示された、
「戦陣訓」がありました。
「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」
と、教育されていました。
では、民間人も自決する行動を取ったのは、なぜでしょうか。
このころ陸軍は、民間人が取るべき行動、指針を内容とする通達を出していました。
この通達で、
民間人も軍と行動を共にすること、
つまり軍とともに敵と戦うことを訓示しています。
そして投降するのではなく、「玉砕」して、大和民族の心を世界に知らしめる、
といった内容のことが書かれていました。
軍人は、これに沿って、民間人を指導・教育しています。
これは、サイパン島ではなかったと思いますが、
洞窟に避難していた民間人のところに、
一人の軍人が避難してきて、
皆を指導、「援助」して、
集団自決することになったという生存者の証言がありました。
「バンザイクリフ」で、
民間人を含め多数の日本人が自決する様を見た米軍は、
「日本人は、最後の一人が死ぬまで、絶対に降伏しない」
と考えるようになります。
1944年6月に米軍がサイパン島を占領し、
B29の前線基地が建設されて以降、
日本本土への本格的な空襲が始まりました。
そして、サイパン島から、わずか8km南西のテニアン島からは、
広島、長崎に原爆を投下したB29が飛び立っています。
日本本土への空襲は、無差別爆撃で
非戦闘員の大量殺戮を意図しており、
当時においても、戦時国際法違反、戦争犯罪です。