<4.無差別爆撃をし、>
第二次世界大戦で、一番ひどい無差別爆撃を
受けたのは、日本でした。
しかし、無差別爆撃を最初に行ったのは、
日本軍だったという話があります。
重慶爆撃です。
1938年12月~1941年9月、
大日本帝国陸海軍航空部隊が、
当時中華民国の首都であった重慶を空襲しました。
絨毯爆撃を行っています。
<5.自軍兵士の命を軽視し、>
ウクライナで、ロシア軍は、人海戦術を取っています。
このため、戦死者の数も多いです。
ロシア軍の死者は、最大25万人と
推計されています。
(死傷者数は100万人)
日本軍は、「特攻」(特別攻撃)という
戦術を採用しました。
「神風特攻隊」など、航空機によるもの、
「回天」という人間魚雷、
小型特攻ボート「震洋」などもありました。
末期には、3000名が乗り組む「大和」まで、
特攻を命じられています。
1943年5月30日、大本営は、
アッツ島守備隊全滅を発表し、
初めて「玉砕」という言葉を使いました。
守備隊2,638人が戦死(捕虜は29人)しました。
大本営は、「山崎大佐(守備隊長)は常に勇猛沈着、
難局に対処して1梯1団の増援を望まず」
と報道しましたが、
事実はそうではありませんでした。
守備隊は、5月16日に、
補給と増援を要請していました。
「玉砕」は、美談とされ、
南方の島でも多くの戦死者を出しました。
<6.捕虜を拷問・虐殺する、>
ロシア軍による、捕虜への拷問も報道されています。
日本軍の捕虜への扱いはひどいものでした。
捕虜は、拷問を受けた後は、731部隊で生物兵器の
人体実験で殺されました。
捕虜を杭に縛り、度胸をつけさせる目的でしょうか、
銃剣で何人もの兵に突っ込む練習をさせています。
B29が墜落し、捕虜となった兵士は、
処刑されたり、九大で生体解剖されたりしました。
南京事件では、大きな穴の周囲に捕虜を座らせ、
日本刀で斬首しています。
「首の皮1枚を残して切るのがコツだ」と言っています。
首がうなだれて、自重で穴にころがり落ちるからです。