日本国憲法の制定過程(3)

「松本委員会」では、
民主的な憲法草案を
提出することはできませんでした。

この当時、政党レベルで
民主的な憲法草案を作成することができたのは、
日本共産党ぐらいしかありませんでした。

共産党国民主権憲法案を作成しています。
社会党憲法案では、主権は国家にあるとしていたようで、
やはり国民主権ではありません。

共産党を除いて、諸政党は皆、
大政翼賛会
戦争に協力していました。

ポツダム宣言受諾にあたって、
当時の為政者達の最大関心事は、
「国体の護持」でした。

それから数か月がたって、
いきなり民主主義の憲法案を作れと言われても、
それは無理です。

政府の専門委員会(松本委員会)や
政党はそういうレベルでした。

しかし、民間は違います。
民間からは優れた憲法草案が出ていました。

そして、GHQ民政局は、
憲法草案を作成するにあたり、
これら民間の憲法草案も参考にしています。

松本委員会は権威者たちですから、
民間の憲法案など、
あまり参考にしなかったのではないかと思われます。

民の立場からすれば、
マッカーサー草案の方が、より民意を反映してくれていた
と言えるのではないでしょうか。

松本委員会が作成した草案ではなく、
GHQ民政局が作った草案をベースに
政府が憲法案を作成することになったことが、

「押しつけ憲法論」の根拠になっています。

しかし、憲法的に考えるなら
「松本試案」にしても、
何ら正当性を持った憲法草案ではありません。

新しく憲法を作成する場合は、
人民から選挙で選ばれた代議員で構成される憲法制定会議が
その任に当たるというのが筋です。

松本委員会は、人民の代表ではありません。
そもそも、幣原喜重郎内閣にしても、
議院内閣制ではありません。

東条英機内閣が作られたのと同じ方式です。
内大臣が首班を指名しているのです。

したがって、民から見るなら、
「松本試案」だって「押しつけ憲法」と言えます。

押しつけ憲法論者は、
当時の日本政府や松本烝治に感情移入して歴史を読んでいるのであって、
国民目線で、人民に寄り添ってという姿勢ではないようです。

あるいは、「松本試案」を元に
憲法草案が作成されていればよかったと
考えているのでしたら、

彼らは民主主義的価値観を
持っていないということです。
「松本試案」は天皇主権なのですから。