「平野文書」全文(1)

以下に、「平野文書」の全文(1)~(9)を連載で転載します。
(インターネット上の『みんなの知識 ちょっと便利帳』より)

昭和三十九年二月
幣原先生から聴取した戦争放棄条項等の生まれた事情について
―平野三郎氏記―
憲法調査会事務局

 私が幣原先生から
憲法についてのお話を伺ったのは、
昭和二十六年二月下旬である。

同年三月十日、先生が急逝される旬日ほど前のことであった。
場所は世田谷区岡本町の幣原邸であり、
時間は二時間ぐらいであった。

 側近にあった私は、
常に謦咳にふれる機会はあったが、
まとまったお話を承ったのは当日だけであり、

当日は、私が戦争放棄条項や天皇の地位について
日頃疑問に思っていた点を中心にお尋ねし、
これについて幣原先生にお答え願ったのである。

 その内容については、
その後間もなくメモを作成したのであるが、

以下は、そのメモのうち、
これらの条項の生まれた事情に関する部分を
整理したものである。

 なお、当日の幣原先生のお話の内拘については、
このメモにもあるように、
幣原先生から口外しないようにいわれたのであるが、

昨今の憲法制定の経緯に関する論議の状況にかんがみて
あえて公にすることにしたのである。


問  かねがね先生にお尋ねしたいと思っていましたが、
幸い今日はお閑のようですから
是非うけたまわり度いと存じます。

 実は憲法のことですが、
私には第九条の意味がよく分りません。
あれは現在占領下の暫定的な規定ですか、

それなら了解できますが、
そうすると何れ独立の暁には
当然憲法の再改正をすることになる訳ですか。

答  いや、そうではない。
あれは一時的なものではなく、長い間僕が考えた末の
最終的な結論というようなものだ。

問  そうしますと一体どういうことになるのですか。
軍隊のない丸裸のところへ敵が攻めてきたら、
どうするという訳なのですか。

答  それは死中に活だよ。
一口に言えばそういうことになる。

問  死中に活と言いますと … … …

答  たしかに今までの常識ではこれはおかしいことだ。
しかし原子爆弾というものが出来た以上、
世界の事情は根本的に変わって終ったと僕は思う。

何故ならこの兵器は今後更に
幾十倍幾百倍と発達するだろうからだ。

恐らく次の戦争は短時間のうちに
交戦国の大小都市が
悉く灰燼に帰して終うことになるだろう。

そうなれば世界は真剣に
戦争をやめることを考えなければならない。

そして戦争をやめるには
武器を持たないことが一番の保証になる。