「平野文書」全文(7)

この情勢の中で、
天皇の人間化と戦争放棄を同時に提案することを
僕は考えた訳である。

豪州その他の国々は
日本の再軍備を恐れるのであって、
天皇制そのものを問題にしている訳ではない。

故に戦争が放棄された上で、単に名目的に天皇が存続するだけなら、
戦争の権化としての天皇は消滅するから、
彼らの対象とする天皇制は廃止されたと同然である。

もともとアメリカ側である濠州その他の諸国は、
この案ならばアメリカと歩調を揃え、
逆にソ連を孤立させることが出来る。

この構想は天皇制を存続すると共に
第九条を実現する
言わば一石二鳥の名案である。

尤も天皇制存続と言っても
シムボルということになった訳だが、
僕はもともと天皇はそうあるべきものと思っていた。

元来天皇は権力の座になかったのであり、
又なかったからこそ続いてきたのだ。

もし天皇が権力を持ったら、
何かの失政があった場合、当然責任問題が起って倒れる。
世襲制度である以上、常に偉人ばかりとは限らない。

日の丸は日本の象徴であるが、
天皇は日の丸の旗を護持する神主のようなものであって、

むしろそれが天皇本来の昔に還ったものであり、
その方が天皇のためにも日本のためにもよいと僕は思う。

この考えは僕だけではなかったが、
国体に触れることだから、
仮にも日本側からこんなことを口にすることは出来なかった。

憲法は押しつけられたという形をとった訳であるが、
当時の実情としてそういう形でなかったら
実際に出来ることではなかった。

そこで僕はマッカーサーに進言し、
命令として出して貰うように決心したのだが、

これは実に重大なことであって、
一歩誤れば首相自らが国体と祖国の命運を売り渡す
国賊行為の汚名を覚悟しなければならぬ。

松本君にさえも打明けることの出来ないことである。
したがって誰にも気づかれないように
マッカーサーに会わねばならぬ。

幸い僕の風邪は肺炎ということで
元帥からペニシリンというアメリカの新薬を貰い
それによって全快した。

そのお礼ということで僕が元帥を訪問したのである。
それは昭和二十一年の一月二十四日である。

その日、僕は元帥と二人切りで長い時間話し込んだ。
すべてはそこで決まった訳だ。

問  元帥は簡単に承知されたのですか。

答  マッカーサーは非常に困った立場にいたが、
僕の案は元帥の立場を打開するものだから、
渡りに舟というか、話はうまく行った訳だ。

しかし第九条の永久的な規定ということには
彼も驚ろいていたようであった。

僕としても
軍人である彼が直ぐには賛成しまいと思ったので、
その意味のことを初めに言ったが、

賢明な元帥は
最後には非常に理解して
感激した面持ちで僕に握手した程であった。