長崎原爆~焼き場に立つ少年の写真(1)

表題の写真は、多くの方が見ていると思います。
ローマ教皇も見ておられました。

でも、この写真を撮ったカメラマン、
ジョー・オダネルのことは、知りませんでした。

先日、富士市であった、写真展と講演で初めて
知りました。

ジョー・オダネルは、占領軍カメラマンとして、
1945年9月2日(降伏文書調印の日)、
佐世保に上陸しました。

彼の任務は、原爆の被害状況を
撮影し報告することでした。

彼は、単独行動で写真を撮りました。
馬を調達して、これに乗ったり、
野宿をしています。

そして、軍から貸与されたカメラとは別に、
私的なカメラでも、写真を撮っていました。

公的なカメラで撮った写真は、
全て軍に報告し、没収されますが、
私的なカメラで撮った写真は、彼が保管していました。

私的な写真の目的は、
お母さんに見せるためだったと言います。

でも、帰国した彼が、それらの写真を
お母さんに見せることはありませんでした。

あまりに悲惨な写真で、
とても母親には見せられないと
思ったのです。

彼は、冷徹な目でファインダーから
被写体を見ていたのではありません。

彼が見た光景は、
自分の祖国が何をしたのかを、
まざまざと彼に見せつけたのです。

長崎の原爆で、背中一面やけどを負った
少年の写真を撮っていますが、

この時、彼はハンカチで蠅を追い、
指で背中に湧いたうじむしを
取ってやっています。

私的カメラで撮った写真は、
彼が見た忌まわしい記憶とともに、
トランクに納められ、屋根裏か物置に放置されます。

彼は、写真家としての技術レベルが
高かったのだと思いますが、

4代の大統領のホワイトハウス付きカメラマンを務めます。
トルーマンアイゼンハワーケネディー、ジョンソンです。

原爆投下後の長崎で、野宿をして草の上に寝たり、
現地の水を飲んだりしていたので、
彼は被曝していました。

それは、後年彼の体をさいなむことになります。