帰還困難区域の指定が解除され、
帰ってはみたものの、
セイタカアワダチソウと、
太陽光パネルが空き地を占めている。
一部の除染した土地に、
大型の施設ができている。
そういう故郷は、
もはやかつてのふるさとではありません。
でも、景色の変容以上に、
人々の心を傷つけたのは、
原発事故がもたらした
住民の分断かもしれません。
原発の立地自治体と周辺の自治体
帰還可能になった町と、
依然として、大部分が帰還困難な町
町に帰ってくる人と
避難先にとどまる人
さまざまな分断があります。
今回の福島行きにあたっては、
町内に浪江町から避難して来られた方に
どこに行ったらいいかなど、アドバイスをいただきました。
それで、旅行後、報告を兼ねてお宅を訪問しましたが、
そこでも色々お話を伺いました。
なかには信じられないような話もありました。
事故後の補助金でも、原発の立地自治体と
周辺自治体では、相当な差があったようです。
仮設住宅の壁の厚さが違う、
避難所の体育館に置かれたストーブの数が違う、
ということもあったようです。
放射能から逃れて、福島の住民が
関東など他の地域に避難しましたが、
そこでいやがらせに合っています。
石を投げられたり、
車に傷をつけられたりした人もいたようです。
いわきナンバーの車の人が、
わざわざ「仕事で一時的に来ています」と
張り紙をしていたそうです。
新型コロナの初期のころ、
感染した人が非難され、そこに住めなくなって
引っ越ししたという話を聞いたことがあります。
それと似ていると思いました。
正確な知識がなく、
放射能が感染すると思ったようです。
放射能は、放射性物質が発するものです。
伝染病ではありません。
福島第一原発は、当初、
浪江町と双葉町にまたがって
造られる予定だったそうです。
ところが、浪江町でただ一人
がんとして反対する地主がいて、
結局、双葉町・大熊町に造ることになったそうです。
それで、この反対した地主は、
「やっぱりあんたが正しかった」と言われたのかと
思ったら、そうではないのです。
「お前が反対しなければよかった」
と言われているのです。
理不尽なことです。
事故後の、国からの補償金が、立地地域と
周辺地域では全然違ったからです。
反対してなくて、原発が浪江町に
建てられていたら、多額の補償金が貰えたのに
ということの様です。
環境大臣だった石原伸晃が、
「最後は、金目の問題でしょ」
と言って、ひんしゅくを買っていましたが、
まさにその世界になっています。
現地で、医療の権威者が、
「放射能はニコニコしている人のところには来ません」
と言っていたそうです。
人々を安心させるため? のようですが、
この人は、原発推進派で、事故が原発廃止の
動きになることを避けたかったのだと思います。
医療従事者が、
原発事故と甲状腺がんの関係を否定する
ようなことも言っていました。
その病院は、国・県などから公的資金の補助を
たくさんもらっていたようです。
だから、国の方針に不利になるようなことは言わないのです。
国際放射線防護委員会2007年勧告により、
平常時に一般の人が受けてよい線量は、
年間1ミリシーベルト(=1000マイクロシーベルト)となっています。
ただし、上記は平常時の話で、
緊急時は20~100ミリシーベルト、
緊急事故後の復旧時は、1~20ミリシーベルト、
です。
そして、今、福島では、この20ミリシーベルトが
年間の被ばく基準になっています。
原発事故が起きた時に
「原子力緊急事態宣言」が発令されました。
14年たった現在も、発令は解除されず、
今も、「緊急事態宣言」下にあります。
「緊急事態」でなくなると、
平時の1ミリシーベルト基準に
もどさないといけなくなるから、
「緊急事態」にしておかないといけないのです。
ですから、日本はずっと、
「原子力緊急事態宣言」発令中で、
平時には、戻れないのです。
原発事故は終わっていません。
まだ、継続中なのです。
そして、
上記の20ミリシーベルト基準についての
国・自治体などの説明は、正確ではなく、
かなり意図的に誘導しているのではないかと
疑われました。
「なぜ20ミリシーベルトなのですか」
という住民の質問に対して、今でも、
「国際的勧告の範囲内の
もっとも厳しい値である
年間20ミリシーベルトを採用しました」
と説明しているようですが、
勧告は、上述したように
「緊急時は20~100ミリシーベルト、
緊急事故後の復旧時は、1~20ミリシーベルト」
となっています。
今は、もはや事故直後の「緊急時」ではありません。
「緊急事故後の復旧時」にあたります。
ですから、勧告されている基準は、
「1~20ミリシーベルト」です。
現在採用している「20ミリシーベルト」は、
「もっとも厳しい値」ではなく、
「もっともゆるい値」を採用しているに過ぎません。
景色は、元の風景には戻らず、
人々は分断され、
嘘やごまかしの言葉は
人々を傷つけています。
そして、その怒りがおさまらないのは、
国が国策の誤りを認めず、
謝らないからだと思います。
それが、人々に
国や東電を相手取っての
裁判を起こさせているのです。