「文化の日」を 「明治の日」に?

12月17日の毎日新聞夕刊に載っていた、
吉井理記(オピニオン編集部)のコラムを紹介します。

<以下、記事の抜粋転記>

11月3日の「文化の日」を
「明治の日」に改める政治運動が
大詰めを迎えつつある。

11月3日は明治天皇の誕生日で、
大日本帝国時代は「明治節」と呼ばれたが、
敗戦後に改められた。

右派の人たちはこれが許せない。

祝日の呼び名を定めた祝日法を変え、
現代版「明治節」の復活へ、というわけだ。

すでに超党派議連がつくった法改正案が
先月28日、自民党の了承をパスしたから、
来年の国会で審議されるはずだ。

運動に特に熱心なのが
高市早苗首相だ。

前出の議連が自民単独議連だった時、
高市氏は会長代理を務めていた。

高市氏は明治天皇が出した
教育勅語にもご執心である。

親孝行や勉強に励み、
有事には「命を捨てて戦え」といった
「臣民の徳目」を説いたものだが、

高市氏はこれまた
「敗戦で廃止された良き精神文化」と評した。
(月間「Hanada」2021年11月号)

<記事の抜粋転記、以上>

もう、「文化の日」という言い方は十分に
定着し、慣れ親しんでいます。

このころ、文化勲章も授与されます。
なんで、いまさら変えないといけないのか、
変えようという人たちの気持ちは、まったく理解できません。

小学校にあがる前から
教育勅語を暗唱していたという高市早苗だから、
紀元節の歌も歌えるのかもしれません。

安倍首相が言っていた
戦後レジームからの脱却」とは、
戦後レジーム日米安保体制から未来へすすむのではなく、

「バック・トゥー・ザ・フューチャー」(Back to the Future)ならぬ
「バック・トゥー・ザ・パスト」(Back to the Past)で、
戦前に回帰することだったんですね。

タモリが予言した、
「新しい戦前」になりつつあります。

新聞の書籍広告欄には、
日本軍国主義のイデオローグや戦争の主要プレイヤーであった
軍人たちの本が見受けられます。

売れているのでしょう。

私たちが学生の頃、
建国記念の日」ができました。
これは、「紀元節」の復活でした。

ふだんは、「〇〇反対」とか言って、
ストライキをしていた学生が、
この時は、「同盟登校」などしていました。

それから50年以上、
今、令和8年、世の中は
右翼国粋主義者が跋扈(ばっこ)する時代となりました。

元号の使用を義務付ける法令はないようですが、
なぜか、公文書には元号が使われています。

前に持っていた免許証には、
有効期限が、平成3✖年と記載されており、
いったいいつのことかわからないような表記でした。

天皇が代わった時など、旧年号のままの文書は
意味をなさなくなります。

国際化で多数の外国人が来ていますが、
元号で書かれた公文書は
外国人にはとても不親切です。

昭和の頃は、明治・大正・昭和というと、
なんとなく時代感覚がありました。

平成・令和が加わった今、
もはや元号には、時代区分を認識させる機能はありません。

私は、公文書は西暦表記を主とすべきだと思います。
副次的に元号を併記することはかまいませんが、
元号だけの表記はやめていただきたいと思っています。

「あれは、何年前だったっけ」と考えるときは、
西暦でないと、計算不可能です。

年賀状などで、元号を使うことは、もちろんかまいません。
個人の文書は個人の自由です。
私が言っているのは、役所が出す公文書についての話です。

公文書は、西暦表記に統一すべきだというのが私の意見です。