ちょっと、立憲の野田さん(1)

立憲の野田さん

あなたは、先の参議院選挙で、
自公の与党が大幅に議席を減らして
与党が過半数割れしたからと、

ヘレヘレと笑っていましたが、
笑っている場合ではないですよ。

あなたの党も負けたんですよ。
後に、党としての選挙総括では事実上の敗北
を認めたそうですが、

しっかりしてもらわなければ、
困りますね。

自民 ▲13議席
公明 ▲ 5議席  ・・・与党 合計▲18

立憲  ±0
共産 ▲ 4
れいわ +1
社民  ±0   ・・・リベラル系野党 合計▲3

維新 + 2
国民 +13
参政 +14
保守 + 2   ・・・保守系野党 合計+31 

与党は敗北でしたが、
その議席の受け皿は、リベラル系野党へは行かず、
保守系野党勢力が勝利し、

特に、参政、国民が大躍進という結果でした。

統一教会」「ウラ金」で与党に相当の逆風があったのですが、
野党第一党である立憲は有権者にとって、
オールターナティブ(alternative)の選択肢にはならなかったということです。

ここは、猛反省、分析して下さい。

上記の選挙結果を受け、衆参両院で与党が少数になったことで、
連立協議が行われましたが、

ここで、野田さんは、国民の玉木代表を首班候補として
担ごうとしました。

国民民主党の玉木氏は、予算案に賛成するなど、
これまでずっと「自民と引っ付きたい」オーラを出していました。

この党は、野党と言っても、
完全に自民補完勢力候補でした。

それに、玉木氏は、性格的に「ちゃらい」感じがあります。
自分のユーチューブ玉木チャンネルにN党の立花をゲストで招き、

いっしょに、「チャンネル登録よろしく!」とやっていました。

この人が首相にふさわしい人物だと本気で思っているのですか?

だとすると、あなたは人を見る目がないのではないかと思います。

松下政経塾でも、新入塾生の高市早苗を面接した際に、
高評価の点数を付けたそうですね。

でも、彼女がどういう政治思想を持っているかは見ぬけなかったのですね。

あなたは、自分が高得点をつけた新入塾生が
将来、首相になったことで、自分には人を見る目があった
と思っているのかもしれませんが、

私には、そうは思えません。

オーストリアの牧師だったと思います。
川か池でおぼれていた少年を助け、人命救助をするのですが、

のちに、この牧師はそれを後悔することになります。

その少年は、成長して、
数百万人のユダヤ人を殺害したヒトラーになったのです。

そういう話を読んだことがあります。

自民党主流派となっている右派(安倍、高市の岩盤支持層)、参政党、日本保守党を
私は、極右勢力と認定しています。
日本軍国主義を肯定しているからです。

その歴史観は「歴史修正主義」です。

高市早苗は、一躍その中心的存在になりました。
国を誤り導いて、再び国を滅ぼすことがなければいいのですが、

野田さんは、
面接評価で高得点をつけたことを、
後悔することにならなければいいのですが。




 

 

 

サウンド・オブ・サイレンス

Hello darkness, my old friend
暗闇君 こんにちは 僕の古き友よ

I’ve come to talk with you again
君とまた話したくなって やってきたよ

Because a vision softly creeping
なぜって 幻が そっと 忍び込んできたからさ

Left its seeds while I was sleeping
そいつは 僕が寝ている間に 種を残して行ったんだ

And the vision that was planted in my brain
Still remains
そして 僕の頭に 植え付けられた幻は まだそこに留まっている

Within the sound of silence
音のない静けさの中に

In restless dreams I walked alone
絶え間のない夢の中で 僕は一人で歩いていた

Narrow streets of cobblestone
石で舗装された狭い通りを

‘Neath the halo of a streetlamp
街路灯の光の輪の下を

I turned my collar to the cold and damp
僕は寒さと湿気から 襟を立てた

When my eyes were stabbed by the flash of a neon light
That split the night
夜の闇を切り裂く ネオンの光のきらめきが 僕の目を射抜いた時

And touched the sound of silence
そして 僕は 音のない静けさに 触れたんだ

And in the naked light I saw
Ten thousand people, maybe more
遮るもののない光の中に 1万人か いやそれ以上の人々を見た

People talking without speaking
人々は 話してはいるのだが 声を発してはいない 

People hearing without listening
人々は 相手の話を聞いてはいるようだが けっして 声を聴いてはいない

People writing songs that voices never share
人々が書く歌は 声を伴ってはいない 

No one dare
Disturb the sound of silence
誰一人 その静けさを乱すものはいない

“Fools” said I, “You do not know
Silence like a cancer grow
「バカだな」僕は言った
「君たちは 静けさが がんのように広がっているのが わかっていない

Hear my words that I might teach you
「僕が君たちに教える言葉を聞いてよ

Take my arms that I might reach you”
「僕が君に伸ばす手を取ってよ」

But my words like silent raindrops fell
でも 僕の言葉は 静かな雨滴のように 落ちて

And echoed in the wells of silence
静けさの井戸の中にこだました

And the people bowed and prayed
To the neon god they made
そして 人びとは 自分たちが造った ネオンの神にひれ伏し 拝むのだった

And the sign flashed out its warning
In the words that it was forming
ネオンサインが織りなす言葉は警告を発して煌めいた 

And the sign said “The words of the prophets
Are written on subway walls
And tenement halls
And whispered in the sounds of silence”

それは、こう告げていた
預言者の言葉は 地下鉄の壁 アパートの廊下に 書かれる 
 そして 音のない静けさの中で 囁かれる」

サイモンとガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」です。
文学的素養のない私の訳ですみません。

地下鉄の壁に預言者の言葉が書かれる
という歌詞で、私は、

電光掲示板に表示される日経平均株価
神のお告げとして見ている現代人を連想します。

ケネディー大統領暗殺後の絶望の中で、
ポール・サイモン
この曲を作りました。

スターリンの復活

12月3日(水)の毎日新聞夕刊に、

「露 スターリンに再脚光」
「戦勝80年「正義の歴史」強調」

という見出しの記事が出ていました。
記事を抜粋します。

<以下、抜粋記事>

ロシアがウクライナで続ける
「特別軍事作戦」を背景に、

露国内では
歴史や文化の面で
プーチン政権の意向に沿う傾向が顕著になっている。

「偉大なる勝利 ロシア、私の歴史」

こんなタイトルの大規模な歴史展が
8日まで、クレムリン(大統領府)近くの
展示場で開かれている。

ロシアで「大祖国戦争」と呼ばれる
第二次世界大戦での対独・対日戦勝80周年となった
今年を締めくくる国家規模のイベントだ。

入場無料で、来館者らに
自国の「正義と勝利の歴史」を
アピールする狙いとみられる。

場内では、
当時のソ連指導者スターリンも紹介され、
使用した軍服や机などが並ぶ。

スターリンを巡っては、
大戦初期の判断の誤りや、

大戦前の軍人・官僚・市民らに対する大規模弾圧
といった負の側面も大きい。
だが、こうした面にはほぼ触れていない。

モスクワでは
地下鉄タガンスカヤ駅に
今年5月、

「戦勝指導者」としてのスターリンをたたえる
群像の浮き彫り彫刻が復活し、
物議を醸した。

スターリン死後の
政治情勢の変化を受けて
1966年に撤去されたものを

写真や資料を基に忠実に再現した。

露メディアRBCによると、
リベラル派野党「ヤブロコ」は

「モスクワは
独裁への崇拝を奨励する都市であってはならない。
歴史への侮辱だ」と復活に反対していた。

さらに、11月中旬には、
市内のムゼオン芸術公園にあった、
弾圧犠牲者追悼モニュメントの撤去が報じられた。

鉄格子のなかに
顔を彫った石を積み上げて壁にしたものと、
鼻を削られたスターリン像が並ぶものだった。

近年のこうした状況について、
露政治評論家のアンドレイ・コレスニコフ氏は

「国家の優先事項として
スターリンを重視する動きが活発になっている」
と指摘する。

厳格で力強い指導者として、
16世紀のイワン雷帝スターリン、そして現代のプーチン大統領
同列に見る傾向が生まれているのだという。

<以上、抜粋記事転載>

1924年にレーニンが死去すると、
スターリンは権力を自身の手に集中させ、

強権的・独裁的な政治体制を作り上げ、
大粛清によって

数百万におよぶ国民・党員・外国人が
政治犯として逮捕され、

処刑されるかシベリアなどの強制収容所
強制労働に従事させられました。

1956年2月のソ連共産党第20回大会の中の
フルシチョフによる秘密報告で、
スターリン批判」がなされました。

それに先立って、2月9日、
ポスペーロフ委員会による調査結果が
中央委員会幹部会で報告されました。

同報告は、

・1935~40年のあいだに1,548,366名が逮捕され、
688,503名が銃殺されたこと、

・粛清は共産党・国家機関・地方機関・経済組織・軍・内務人民委員部などの
指導者層を広く吞み込んだこと

・特に1934年の全連邦共産党ボリシェヴィキ)第17回大会で選出された
中央委員と同候補139名のうち98名が銃殺され、

大会代議員およびオブザーバー1,966名のうち1,108名が逮捕され、
うち848名が銃殺されたこと、

・大量逮捕にあたって反ソ団体のでっち上げが行われ、
逮捕者には暴行・拷問・脅迫など違法な手段が系統的に用いられたこと、

・こうした大量抑圧がスターリンの指示・承認のもとに行われていたこと

などを明らかにしていました。

フルシチョフゴルバチョフによって、葬り去られたはずの
スターリンを、プーチンが、復活させようとしています。

そして、ここ日本では、軍国主義を肯定し、
戦後民主主義憲法を否定する人物が総理大臣になっています。

歴史の歯車が狂ってきています。













 

自・維連立政権合意書~衆院議員定数削減など(3)

「平成の政治改革」は、
30年前の話ですが、

その時も、リクルート事件など、
「政治とカネ」への反省から、
企業団体献金を廃止しようとしました。

まず、政治家個人への献金を禁止し、
5年後に、政党、支部への献金も廃止

ということで、合意されていました。
(当時の細川首相、河野自民総裁の一致した見解)

ところが、5年たっても、廃止されず、
30年経っています。

一方、企業団体献金の廃止とセットで導入された、
政党助成金の方は、ずっと運用されており、

二重取り状態が継続しています。

「平成の政治改革」の中で、
この政党助成金の導入については、
私は、まったく賛同できません。

この点に関しては、
私は、日本共産党の理論と実践を
100%支持しています。

共産党は、唯一、政党助成金を受け取っていません。
他の諸政党は、見倣っていただきたいものです。

「いったい、何で
私たちの税金を使って
あんな政党を助成しないといけないのか」

ということです。

政党と言う名に値しないような党もあります。

N党は、
「戦争しないといけないんじゃないですか」発言で、
維新を除名された議員も取り込んで、

政党要件を満たし、助成金をもらいました。

政治的な信条など、どうでもいい。
とにかく人数(5人)さえ集めて

助成金がもらえればいい、
ということを露骨に出していました。

ここの党首は、警察沙汰になっても
どうということは
ありませんでした。

かえって、ユーチューブの再生回数が上がる
ことを喜んでいました。

「よっしゃ、しめたもの」という感じでした。

また、同党は、
私の選挙区(衆院静岡4区)で、
野党の候補者と同姓同名の候補者を公認し擁立しました。

そして、まったく選挙運動はしていません。

自民党からお金でももらったのか
と思いました。

私は、政党助成金には反対です。

維新は、「身を切る改革」が信条なら、
議員定数の削減などみみっちいことを言わず、
政党助成金の廃止を提唱したらどうでしょうか。

もし、それがどうしてもできないのなら、
少なくとも、企業団体献金は禁止にすべきです。

政党助成金ももらって、
企業団体献金ももらう、
二重取りはやめて下さい。

「平成の政治改革」から30年。
ちょうど、「失われた30年」と同じスパンです。

「平成の政治改革」がよくなかったから、
こうなったのか。

「平成の政治改革」が不徹底だったから、
(企業団体献金を残すなど)
こうなったのか。

たまたま、期間が同じというだけで、
両者に関連はないのか。

明確な答えは出ていません。

ただ、政党、政治家、有権者
成熟度が低かったから、こうなった。

ということは、言えるのではないか
と思います。

有権者には、いつまでも
「政治音痴」であることを続けるのではなく、

政治的リテラシー(読み書き能力)を向上させてほしい
と思います。











自・維連立政権合意書~衆院議員定数削減など(2)

小選挙区比例代表並立制の廃止や中選挙区制の導入」
が出てきていますが、

「平成の政治改革」で、中選挙区制を廃止して、
小選挙区比例代表並立制を導入した経緯・議論があったわけで、

今、再び中選挙区制を復活するのでしたら、
やはり、それなりの理屈・根拠を提示すべきです。

いきなり、そう大ナタをふるっての選挙制度変更を
議論する前に、
現行制度での改善を検討してはどうでしょうか?

小選挙区制にしても、比例代表制にしても、
それぞれにいい点もあります。

比例代表制は、政党本位の選挙で、
死票がなく、民意が議席に反映される、
という点では民主的な制度と言えます。

ただ、多党化の時代、かなり議席数は分散されます。
このため、うまく連立が組めればいいのですが、

諸外国の例を見ても、連立が組めず、
組閣できないということがあります。

このため、主となる党に、
議席をある程度集中させ、首班選出がやりやすいように、
小選挙区制を並立しています。

実際、総理大臣は1名です。
議会第1党の党首がなるのが普通です。

この第1党が組閣しやすいように、
ボーナスを与える
という意味が小選挙区制にはあります。

そこで、小選挙区における、
議員の選出法は、より民主的であることが
求められます。

小選挙区が、比例代表制に比べて
問題となるのが、死票の多さです。

現行の、比較多数の候補者を当選とする
やりかたは、非常に問題です。

極端な場合は、有効投票の25%程度の得票でも
当選することができます。

この場合、75%が死票になります。
当選者は、とても有権者の支持を得ているとは言えません。

これは、民主主義ではありません。

通常、民主主義は、多数決原理で、
有効投票の過半数で決するものです。

先に行われた、自民党の総裁選挙や、
その後の、国会での首班指名選挙について、

好き嫌いは別にして、
高市早苗が選ばれたことに
異を唱える人はいないと思います。

民主的な選挙が行われ、
いずれも有効投票の過半数を制しているからです。

小選挙区でも、過半数を得た候補者を当選者とすべきです。

一つの方法は、有効投票の過半数を得た候補者がいない場合、
上位2者で、決戦投票をする方法です。

自民党の総裁選挙、国会での首班指名選挙は
この方式です。

でも、上位2者で、決戦投票するのがいいとは限りません。
それより、下位の候補者の方が
皆の賛同を得ることだってあるのです。

この点で、非常にていねいに、
民主的な選挙をやっていたのが、
イギリス保守党の党首選でした。

数名の立候補者で、まず第1回目の選挙をして、
過半数を得た候補者がいない場合は、
最下位の候補を除いて、2回目の選挙をやる。

そこでも、過半数を得た候補者がいない場合は、
最下位の候補を除いて、3回目の選挙をやる。

というように繰り返し、過半数を得る候補者が出るまで
最下位者を除外しながら
選挙を繰り返すというものです。

国会の小選挙区では、こんなことはやってられません。

これを1回の投票で可能にするのが、
「優先順位付連記投票制」です。

投票用紙には、全候補者の名前があらかじめ印刷されていて、
有権者はこれに好みの順番の数字を
記入するというものです。

この方式で選ばれた当選者は、
すくなくとも過半数有権者に支持されています。

小選挙区制で、多数となる政党は、
民意の支持を得ていると言うことができるようになります。

「優先順位付連記投票制」は、
オーストラリアの連邦下院議員選挙で採用されています。

アメリカの州、地域でも導入するところが出てきています。

多党化の時代にマッチした制度だと思います。

多党化の時代、一人一票では
有権者の意向は汲み取れないのです。

優先順位付で有権者は複数の政党を選択することが
可能になるのです。







 

 

 

自・維連立政権合意書~衆院議員定数削減など(1)

①「1割を目標に衆院議員定数を削減する」
②「小選挙区比例代表並立制の廃止や中選挙区制の導入なども含め検討する」

と記述されています。
これらは、「十二、政治改革」と言う項目の中で謳われていますが、

衆院議員定数の削減」については、それ自体は、
「政治改革」とは無縁です。

それで、政治の質が向上するということはありません。

これは、歳出カット、経費削減に資する項目です。
これをやったら、政治がよくなる、民主主義が進展する
ということではありません。

1割が目標で、50議席という数字も出ていました。
そして、やりやすい比例代表で削減するという話もありました。

現在、衆議院議員の定数は、465人です。
小選挙区が、289人、
比例代表が、176人、です。

これは、「平成の政治改革」(1994年)で、
法制定されました。

「平成の政治改革」については、
いろいろ批判もあり、
私もすべてを賛成しているわけではありません。

しかし、衆議院議員の定数の内訳を、
小選挙区が、289人、
比例代表が、176人、としたその比率には、

立法者の意図があったわけです。

当時、新党さきがけで「平成の政治改革」にかかわった、
田中秀征は、

「自分はもっと比例代表の比率をおおきくする、
よりマイルドな制度を主張していた」と語っていました。

いずれにしても、当時野党だった自民党との
喧々諤々の議論の末に、
今の比率に収まったのだと思います。

ですから、その比率を変えて、
比例代表で50議席を削減するには、

その論理的な根拠を明らかにすべきで、
ただ単に、やりやすいからと言うのであれば、
あまりにも、乱暴です。

と、こう書いてきたところ、
けさ(12月2日)の朝刊で、
維新・吉村代表が、

「選挙区25、比例20」と述べ、
戦術を転換したようです。

これであれば、50議席
ほぼ比例按分しており、
納得される数字ではあります。

私は、議員定数の削減については、
賛成でも、反対でもありません。

はっきり言って、どうでもいいことなのです。

そのどうでもいいことを、
さも重要であるかのように、
連立合意書に織り込み、

企業団体献金の規制をあっさり棚上げした
維新の感覚は理解できません。

21兆円を超える
財政出動に賛成しておいて、
衆院議員定数を50減らすことに、

いったい何の意味があるのか、
さっぱりわかりません。

ちょっと、麻生さん

麻生さん、

高市内閣を
「生んだ以上はそだてなければいけない
との決意を新たにした」

そうですね。
生みの親としての責任を感じてらっしゃる。

そこだけ見ると見上げたものです。

でもね、財務大臣を10年もやって、
財務規律を重んじるはずの麻生さんが、

どうしてまた、
正反対の財務感覚の高市氏を
総裁に選んだのか、私にはまったく理解できません。

結局、ご自分の政治的信条よりも
勝ち馬に乗って、恩を売って、
自派閥により多くの重要ポストをもらう、

ということの方が
あなたにとっては大事なのですね。

キングメーカー」として、
自分の存在感をアピールでき、

主要ポストを手に入れて
笑いが止まらないのかも知れません。

総裁選に入るときの、
キャッチフレーズ「解党的出直し」は
どこへ行ったのでしょうね。

林芳正も、総裁選に出馬したときは、
石破内閣を継承するようなことを言っていて、

結局は、正反対の高市に投票し、
勝ち馬に乗って、ポストを得る
というタイプでした。

そして、参院選の争点の一つだったはずの、
政治献金も、

連立入りした維新があっさり棚上げし、
何ら進展なしとなりました。

参議院選挙での与党惨敗の結果は、
「政治とカネ」の問題をなんら解決することなく、

公明に変わって維新が自民補完勢力となって、
より右寄りに再編され、

昔帰り(安倍後継)の高市政権を誕生させただけでした。

「カネによる政治」が、当分続きそうです。

麻生さん、

生んだ以上は育てる、
ではなく、
生んだ以上は、責任をもって引き取って下さい。

あなたも、85才ですね。

政治屋ではなく、
ステーツマン(statesman)としての
矜持を見せて下さい。

自分の権力欲から離れ、

何が自分の利益になるか、
ではなく、

何が正しいのか、
どうあるべきか、
という基準で、

少しは日本のためになることをしても
バチはあたらないと思いますが。