民主主義(民主政治)が成立するための条件(4)法の支配

いくら正しい選挙が行われても
そこで選ばれた人が法を無視しては
民主主義は成立しません。

民意は、議会を通して法律として
記述されます。

法が為政者を支配するというのが
「法の支配」です。

歴史的には、王の身勝手に対して
貴族の議会が法によって手かせ足かせをかけた
ということだと思います。

すべて、政治家、公務員、法執行者は、
法を守ることが求められます。

法が守られない社会は民主主義的な社会とは言えません。

アメリカのトランプは、憲法も、法律も、国際法も
尊重しようという気がありません。

トップによって民主主義・平和が破壊されているのが
今のアメリカです。

アメリカが壊されても、それは、自分たちが
そういう大統領を選んだのだから、

いわば自業自得で仕方ないね
ですむかもしれませんが、
世界の秩序が壊されているのは、本当に困ったものです。

トランプのことは、あまりに露骨だし、
日本人は客観的に
よく見えているかも知れませんが、

私は、日本も法の支配が貫徹されているとは
言えないと思っています。

まず、あまりにも多い、冤罪事件。

これは、法執行機関に従事する人が、
法や人権よりも、自分たちの組織や自己の権威・業績を
優先しているためではないでしょうか。

権威主義的な傾向の強い人が、
バイアス(先入観・偏見)のかかった目で
被疑者を見てはいないでしょうか。

初動捜査における思い込みが、
その後の捜査を方向づけてしまい、

これを反証するような物的証拠や証言は
無視してしまうという
不正義が行われていました。

そして、マスコミも私たちも、
権威ある組織(警察・検察・裁判所など)の判定を
そのまま鵜呑みにしていました。

裁判所や法務省自身が、裁判の独立、裁判官の独立を
阻害するような法務行政をやっていた事例があります。

裁判の一方の当事者が国であるような、
行政訴訟のような場合、
政府・政治家が裏で手を回して、

自分たちに都合のいい裁判官に置き換える
というようなことがやられていました。
実に「けしからん」(団藤重光)ことでした。

裁判所は、違憲立法審査権を持っていますが、
政権に忖度して、
行使を抑制するようなところがあります。

「統治行為論」なる法理論を持ち出して、
高度に政治的な内容は、司法審査にはなじまない、
などと言って、判断から逃げています。

こうして裁判所は、自ら自分の地位を
貶(おとし)めています。

マスコミも違憲立法審査権を
「伝家の宝刀」などと言うことがあります。

冗談ではありません。
「伝家の宝刀」は、普通は抜かないものですが、
違憲立法審査権は、必要なところでは躊躇なく行使すべきです。

選挙において、1票の格差が2倍以上でも
違憲と言わない判例が出ています。

明らかに法の下の平等に反しており、
違憲とすべきです。

裁判官は、官僚ではありません。
裁判官は、法と自らの良心に従って判決すべきで、
裁判所の上司といえども裁判官の独立を侵してはいけません。

なのに、上司が裁判に口出しをする
というようなこともありました。

アメリカの最高裁の裁判官は、
たまたま共和党の大統領の時に
任命されることが多かったため、

現在9名中、6名が保守派の裁判官で占められています。
このため、近年は、保守に傾いた判例が増えています。

日本でも、長期に渡り自民党政権が続いてきたため、
最高裁判所の裁判官の多数派は、
保守系の人が多いように感じられます。

当然、政権よりの判決が多く見られます。

安倍政権以降、法を守らない、
憲法を守らない政権運営が目立ちます。

まず、人事で、法を犯して処罰を受けるような人を
多数登用しています。

これは、任命権者である総理・総裁自身、
法を守ろうとする精神が希薄であることを示しています。

安倍晋三は、法務大臣というポストを
とても軽く考えていました。
法を守りそうにない人物を法務大臣につけていました。

国会軽視も、はなはだしいものがありました。
主権者である国民によって国会議員は選ばれています。
だから国会は「国権の最高機関」(憲法41条)とされているのです。

安倍さんは中学時代に、社会の勉強をサボっていたようで、
司法・立法・行政という極めて基本的な語彙が
しっかり頭に定着していませんでした。

複数回言い間違いをしています。

高市早苗もはっきりと憲法を否定する
見解を述べています。

安倍さんや高市早苗は
国会議員として選ばれるべきではなかったのです。

「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、
裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」(憲法99条)

法秩序というのは、より上位の法規範が
下位の法規範を支配するという階層構造のことを言います。

自衛隊の存在は、
憲法9条2項(戦力不保持)の規定とは相いれません。

憲法改正をせずに、解釈改憲という禁じ手をずうっと積み重ね、
法秩序を破壊し続けてきたのが、戦後の日本です。

これが、司法のあり方を大きくゆがめて来ました。
法の支配が壊されているのです。
戦後のここが起点でした。

私は、憲法9条第2項を削除する憲法改正をして
法秩序を回復することが必要だと思っています。