元帥が躊躇した大きな理由は、
アメリカの戦略に対する将来の考慮と、
共産主義者に対する影響の二点であった。
それについて僕は言った。
日米親善は必ずしも軍事一体化ではない。
日本がアメリカの尖兵となることが
果たしてアメリカのためであろうか。
原子爆弾はやがて他国にも波及するだろう。
次の戦争は想像に絶する。
世界は亡びるかも知れない。
世界が亡びればアメリカも亡びる。
問題は今やアメリカでもロシアでも日本でもない。
問題は世界である。
いかにして世界の運命を切り拓くかである。
日本がアメリカと全く同じものになったら
誰が世界の運命を切り拓くか。
好むと好まざるにかかわらず、
世界は一つの世界に向って進む外はない。
来るべき戦争の終着駅は
破滅的悲劇でしかないからである。
その悲劇を救う唯一の手段は軍縮であるが、
ほとんど不可能とも言うべき
軍縮を可能にする突破口は
自発的戦争放棄国の出現を
期待する以外ないであろう。
同時にそのような戦争放棄国の出現も亦
ほとんど空想に近いが、
幸か不幸か、
日本は今その役割を果たし得る位置にある。
歴史の偶然は
たまたま日本に
世界史的任務を受け持つ機会を与えたのである。
貴下さえ賛成するなら、
現段階に於ける日本の戦争放棄は、
対外的にも対内的にも承認される可能性がある。
歴史のこの偶然を
今こそ利用する秋である。
そして日本をして自主的に行動させることが
世界を救い、したがってアメリカをも救う
唯一つの道ではないか。
また日本の戦争放棄が
共産主義者に有利な口実を与える
という危険は実際あり得る。
しかしより大きな危険から遠ざかる方が
大切であろう。
世界はここ当分
資本主義と共産主義の宿敵の対決を続けるだろうが、
イデオロギーは絶対的に不動のものではない。
それを不動のものと考えることが
世界を混乱させるのである。
未来を約束するものは、
絶えず新しい思想に向って
創造発展して行く道だけである。
共産主義者は
今のところはまだマルクスとレーニンの主義を
絶対的真理であるかの如く考えているが、
そのような論理や予言は
やがて歴史の彼方に埋没して終うだろう。
現にアメリカの資本主義が
共産主義者の理論的攻撃にもかかわらず
いささかの動揺も示さないのは、
資本主義がそうした理論に先行して
自らを創造発展せしめたからである。
それと同様に共産主義のイデオロギーも
何れ全く変貌して終うだろう。
何れにせよ、ほんとうの敵は
ロシアでも共産主義でもない。
このことはやがてロシア人も気づくだろう。
彼らの敵もアメリカでもなく
資本主義でもないのである。
世界の共通の敵は戦争それ自体である。