カーティス・ルメイという米国軍人がいました。
第二次世界大戦では、
ヨーロッパにおける爆撃作戦に従事し、
功績をあげています。
その後、対日戦に転じ、中国・成都の基地から
八幡製鉄所の爆撃に携わっています(八幡空襲、1944年6月)。
これは、B29による、最初の日本本土空襲でした。
1945年3月10日の東京大空襲を、
ルメイは、司令官として指揮しています。
戦後、ルメイは、
「もし戦争に敗れていたら
私は戦争犯罪人として裁かれていただろう」
と語っています。
彼は、日本本土空襲の違法性を
十分に認識していたことになります。
日本本土空襲に使用された焼夷弾は、
M69と呼ばれ、1941年10月初めごろから、
開発に着手されています(真珠湾攻撃の2か月前)。
ユタ州の砂漠に、
木造長屋と路地で日本の下町を正確に再現した
「日本村」を構築し、実験を繰り返しています。
最初から、日本の民間住宅がターゲットだったことがわかります。
カーティス・ルメイは、その後も昇進を続け、
空軍参謀総長にまで登り詰めています。
空軍参謀総長在任中には、「キューバ危機」があり、
キューバのミサイル基地を爆撃することを
提案しています。
国防長官マクナマラは、この案を採用せず、
海上封鎖で対処し、「キューバ危機」は
戦争に至ることなく解決されました。
カーティス・ルメイに戦後、日本国政府は
勲章を授与しています。
何でも、航空自衛隊の創設にあたり、
功績があったというのが理由のようですが、
日本本土爆撃をトップとして指揮した人物に
勲章を与えるとは。
日本政府のお人よしにもほどがある、
と思いました。